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2010年5月22日土曜日

ASA/SCAによる周術期TEEガイドライン2010

1996年のガイドライン
http://journals.lww.com/anesthesiology/Fulltext/1996/04000/Practice_Guidelines_for_Perioperative.29.aspx
このたび改訂された2010年度版
http://journals.lww.com/anesthesiology/Citation/2010/05000/Practice_Guidelines_for_Perioperative.13.aspx

エビデンスレベル
カテゴリーB:中等度の強さの根拠がある              
レベル1:ランダム化を伴わないがコントロールを伴うコホート研究
レベル2:コントロールを伴わない比較試験
レベル3:ケースレポートも含む(後ろ向き研究)

前書きとして以下が記載されている。
・臨床家や患者の手助けのために作成されているが、個々の施設の方針を変更するためのものではない
・ガイドラインはスタンダードや絶対条件となることを意図しておらず、特定の予後を保証するものではない。

心臓血管手術でのTEE
推奨
・禁忌がなければTEEは成人の開心術(特に弁疾患),胸部大動脈手術全例に使用するべきで,CABGにも使用を考慮するべきである。
(1)術前診断の見直しや確定
(2)術前に見つかっていなかった病変の検索
(3)麻酔と手術計画の練り直し
(4)手術の結果の評価
・乳幼児に対するTEEの適応は患者特有の問題(気管閉鎖症など)があり,case by caseで判断すべきである。

カテーテルによる心臓治療でのTEE
文献
・カテーテルを適切な位置に誘導するモニターとして、特に全身麻酔で手術を受ける患者では、TEEは有用であろう。また、心内シャント閉鎖術や、弁手術、電気的焼灼術等でも有用だろう(B2)
・術前に予測していなかった病変の検索にもTEEは有用だろう(大動脈基部膿瘍、心房内血栓、心房中隔瘤、心内シャント、弁の石灰化・逆流、壁運動異常、タンポナーデ) (B2)
・心嚢液貯留の検索にも有用だろう(B3)
意見
・ASAメンバーや専門家の意見では、不整脈治療に対するTEE使用の有無ははっきりしていない。

非心臓手術のTEE
文献
(1)脳外科手術での静脈内空気塞栓と卵円孔開存(B2)
(2)肝移植手術時の心嚢液貯留や心腔圧迫の検出(B3)
(3)整形外科手術での心内血栓やPFO(B2)。またMR、LVH、LVOTO(左室流出路閉塞)の評価(B3)
(4)血管外科手術での左室壁運動異常、大動脈病変、心房内腫瘤(B3)
(5)ASD、心虚血、脱水、心タンポナーデ、血栓・塞栓イベント(B2)。他の手術での、心嚢液や肺内塞栓子の検出(B3)

ASAメンバーや専門家の意見
・心臓・肺・神経合併症を引き起こす恐れのある心血管病変が分っている患者にはTEEを使用すべきである。
 ①説明のつかない高度低血圧―strongly agree
 ②生命を脅かす循環の破綻時―strongly agree
 ③説明のつかない低酸素血症―agree
・肺移植、胸腹部の外傷―agree
・腹部大動脈瘤や肝移植―専門家はagree、ASAメンバーequivocal
・大動脈の血管内治療、座位脳神経手術、経皮的心血管治療(大腿動脈ステント留置など)―ともにequivocal
・整形外科手術 ― ともにdisagree

推薦
・術式や術前の患者特有の合併症により「手術中に高度の心・肺・神経合併症を起こす可能性」がある場合に使用されるべきであろう。
・もしTEEとそれを扱う専門家としての知識があれば、生命を脅かすほどの治療抵抗性の循環破綻が起きた際にはTEEを使用すべきである。

集中治療領域
文献
・予想と異なる術後経過を辿るときTEEで見えるもの:弁逆流、大動脈・僧帽弁疣贅、大動脈解離、心臓内腫瘤、タンポナーデ、左右の心室不全、脱水(B2)
・術後の異常の発見:大動脈基部膿瘍、心膜血腫、胸部大動脈のdebris、LVH、左室壁運動異常(B3)
意見
・経胸壁心エコーや他のモニターで診断がつかないような患者の診断をするとき―strongly agree
・説明のつかない低血圧が持続するときーstrongly agree
・説明のつかない低酸素血症が持続するときーagree

TEEの禁忌
文献
・観察研究では、TEEの使用によって、稀だが以下のような合併症があるとされる。
  食道穿孔、食道損傷、血腫、喉頭麻痺、嚥下困難、歯牙損傷、死亡(B2)
・しかし禁忌かどうかを評価するのに足る研究が不足している(D)
意見
・食道切除後、食道胃切除後以外に絶対禁忌があるかについては意見が分かれている
・「他に絶対禁忌がある」とする人々が主張する絶対禁忌の病態
 (1)食道狭窄 (2)気管食道瘻 (3)食道手術後 (4)食道外傷後
・以下の病態は絶対禁忌ではない
 (1)バレット食道 (2)食道裂孔ヘルニア (3)巨大下行大動脈瘤 (4)片側声帯麻痺
・食道静脈瘤、放射線照射後、肥満症手術後が絶対禁忌かは意見が分かれている
・ツェンカー憩室、結腸による再建術後―専門家はagree、ASAメンバーはequivocal
・嚥下困難―専門家はequivocal、ASAメンバーはdisagree
推薦
・口腔、食道、胃に病変がある患者では利益がリスクを上回るときに「適切な予防措置を講じた上で」使用されるべきかもしれない。
・予防措置とは…
 ・他のモニターを使用する(epicardial echoなど)
 ・消化器科医へのコンサルト
 ・より小さいプローブの使用
 ・TEE検査範囲を制限すること
 ・不必要なプローブ操作を行わないこと
 ・熟練した者がプローべを操作すること

***
http://fragilemetalheart.blogspot.com/2009/10/advanced-tee.html
で聴いた内容を思い出した。
臨床家である以上ガイドラインは知っていたほうがよい。
術前評価のときにそれを根拠として、TEEが絶対必要なのか、あったほうがいいのか、または合併症を避けるために不必要なのか、をある程度の自信をもって他科の医師に助言できるからである。そうでないと「目の前の患者にTEEは使ってよいか?重度のMRがあるが、食道裂孔ヘルニアを合併している。自分の経験と感覚からすればTEEを使ってもよいような気がするけど、ほんとにいいんだろうか?一応文献をあたったほうがいいんだろうか?」という問いに患者ごとに毎回多大な時間をかけて答えなければならない。残念ながらそんな時間はないことが多い。特に心臓の緊急手術時は殆どの場合、上のガイドラインを鵜呑みにすれば「TEEの絶対適応」になるだろうから、その患者の合併症評価を瞬時に済ませなくてはならない。TEEのリスクとベネフィットを天秤にかけるのが麻酔科医の仕事。

TEEで病態の評価や診断をしなくちゃと躍起になる前に考えることがある。
そのプローべを食道に入れていいのか、悪いのか。