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2013年7月20日土曜日

(麻) 第2回手術室看護師さんとの麻酔の勉強会、無事に終了しました

一週間に1回しか行かない病院の手術室で、手術部の看護師さんたちと脊髄くも膜下麻酔についてディスカッションさせてもらいました。

まだ医者になって10年も経っていない、私のようなぺいぺいの麻酔科医が、人生の先輩達である看護師さんたち相手に、麻酔の何を語れるというのでしょう。看護師さんたちは、流石人生の先輩としての大人の忍耐を保ちながら、私の話に熱心に耳を傾けてくださいましたし、彼女たちが日頃外科系各科と一緒に仕事をしている中での麻酔の疑問点を精一杯解決すべく私に疑問を沢山投げかけてくださいました。その疑問の中には私が知らないことも含まれていました。それだけで、一昨日の木曜日に、クリーンベンチで13時間くらい殆どぶっ通しで実験をした後に、2時間ほどかけて勉強会の資料を作成した甲斐がありました。どうもありがとうございました。


私がしている仕事のゴールはなんだろう…いつもそう思って麻酔をしています。


自分の生涯麻酔担当数は数カ月前になってようやく2000件を超えました。大学院生になっていなければもっと早い段階で到達していた数でしょう。
プラクティスを重ねるにつれどんどん臆病になっていく自分と闘いながら―それでも患者さんがご自分の病気と闘っている真剣さに比べたら万分の1にも満たないのでしょうが―勇気を奮い起こして、そして昨日の自分の麻酔より少しでもよい麻酔ができないか日々模索しながら麻酔をしてお金をいただいています。

時に自分が計画した麻酔法が上手く実践できず、先輩麻酔科医の手を煩わせてしまうことも、未だにあります。それでも自分が上手くできなくても、上手くできないと認識してなるべく早い段階で−恐らく麻酔科医が行う手技であればせいぜい十数分だと思いますが−自分のプライドだか何だか得体のしれないものをかなぐり捨てて、もっとうまく出来るかもしれない可能性のある人が周りにいればその存在にスイッチする…というのがプロを名乗る麻酔科医としてのミニマムエッセンシャルだと思います。
本当はそんなことせずに全て自分で完遂できれば、それが理想なのでしょうが、多分それは私の妄想でしょう。私くらいの年数を麻酔科医として生きていれば、きっと私など比べ物にならないくらい臨床麻酔が上手な先生がたくさんいるはずです。いてくださらないと困ります。

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最近になって、漸くこの方の自伝を読みました。ヘレン・ケラーの自伝です。


99頁にこう、記されています。

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文章を書くときの最大の苦労は、その混乱した思い、中途半端な感情や考えを、「理性のことば」で表現することにあると思う。ものを書く行為は、難解なパズルを組み立てていくようなものだ。頭の中には、あるイメージがあり、それをことばで表現したいと思う。しかしことばというピースが、うまくパズルにあてはまらない。あるいはうまくはまったとしても今度は模様が違う―。それでも私たちは挑戦をやめない。すでに成功した人たちがいることを知っているからだ。あっさりと敗北を認めるわけにはいかないのだ。
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私がこのブログに書き記す文字が、書き記している人間の思いと同程度に人様に伝わっているなんて思えません。
思えませんが、もし読んでくださる人がいて、何かを感じていただけるのであれば、それだけで私がここに記すことは成功していますし、もっと挑戦すべき価値のある仕事でしょう。

明日も、今の自分が想像していないようなことに、出会えますよう。